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最近しばしば見るサイトを開こうとして、アドレスバーに「あ」と打ち込んだ。僕のブラウザはその一文字だけで、「あのみずうみを越えて」というブックマークをサジェスチョンした。このタイトルはどこかで見たことがあるけれど何だったかな、と思い当たるまでにしばらく時間が掛かった。我ながら驚きだ。
二年あまりの空白のうちに何が変わったのかももう思い出せない。彼女は転職した。僕も転職した。今の仕事は僕がかねてからやりたいと思っていた事に近付くものだ。文章を書くのは得意か、と面接で聞かれたけれど、文章を書くこと自体は僕にとってあまりに日常的過ぎて得意なのかどうかよく分からなかった。とりあえず、好きです、と言った気がする。とにかく、僕は今文章を書くことに携わる仕事をしている。子供の頃はどうしてもそれになりたいと思っていた。笑える。
しかし「文章を書く仕事」と言うのは嘘ではないけれど、子供の頃の僕に『望んでいた職業に就いているよ』と言えるかどうかは難しい。携わった事のない人が今の僕の仕事の内容を想像することはとても難しいだろう。僕の仕事は、ほとんどの人には目にされることはない。書き手がいることすら想像されないかもしれない。もしかしたら誰にも目にされずに終わるかもしれない(今担当しているものは事実そうなりそうだ)。けれども必要で、おそらくまだ当分自動化が困難で、誰かがやらなくてはいけない仕事だ。僕はそういった仕事を愛する。
これまで僕はずっと、一目見ただけで僕のものだと分かるような文章を書こうとしていた。今、僕は、油断すると文章の間に立ち現れてしまう僕を全力で殺しにかかりながら仕事をしている。僕は昔よりも自分の文章をよく読むようになった。自分の癖をひとつひとつ丁寧に殺して、普遍的で均一化された文章の中に隠れる。とてもそれは想像していたよりも面白い作業だ。僕は今望んで仕事をしている。明日から僕が書く文章も、コンビニの弁当や、甘ったるい缶コーヒーのようであれ。
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いつもの仲間内でのスカイプが終わって、彼女が風呂に行き、僕も眠る用意をしている12時過ぎだった。
抜けたばかりの会議通話に久しぶりに見る名前が追加された。懐かしい名前だったので思わずどうしたのかと問うと、ゲームのロビーに現れたので呼んでみたのだと言う。すぐに行くと言い残して、風呂のガラス戸越しに彼女にもそれを伝えると、うそ、すぐ上がる、と上擦った声で答えた。
深夜の来訪者――名前はKとしよう、Kと僕と彼女は特に仲が良かった三人だった。三人とも歳が近かったし趣味も合った。特に僕とKは音楽の話がよく弾んだし(僕と彼女は音楽の趣味がまったく合わない)酒のことも話した(彼女はとんでもない下戸だ)。好意がなかったと言えば嘘になる。何よりKの声が好みだった。
あるとき僕はKと寝る夢を見た。目が覚めて隣にいたのはもちろんKではなく彼女で、夢見の悪い僕はまだ夢にいるのではないかと焦ったぐらいだった。
それまでそのフォーラムの中で、僕と彼女は同居していることを告げていなかった。僕はどちらでも構わなかったのだが、馴れ合っているように思われるのがいやだ、と彼女が言い張ったせいだ。だが、あるときいきなり、その事を皆に話そうと彼女が言い出した。彼女はKを含めた皆の前でそのことを告げた、まるで牽制のように。
僕はそれを思い出しながらおおよそ1年ぶりにKと話した。ずっと忙しくて、と笑うKの声は変わっていなかった。また遊びに来なよ、こっちが北海道へ行くのもいいよね、そしたら泊めてくれる? と笑う彼女の後姿を僕は見ていた。
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今年のクリスマスにはきっと「プラネットライカ」をもう一度プレイしようと思っていたのに、また今年もプレイしないままクリスマスが終わってしまった。セリフやディテールを反駁できるほどやりこんだから、わざわざこの季節になって思い出さなくても構わないぐらいに覚えているけれども、クリスマスが来るとあの物語を思い出す。
「うそよ、彼がこんなことをしたはずはないわ。
彼は善でも悪でもないわ、無なのよ。
なにもないの、心もないのよ。」
今年の年末は彼女の育った土地で迎える。多分初めて彼女の母の墓を訪れることになるのだろうと思う。そして彼女が幼い頃に過ごしていたような年末を過ごすことになるのだろうと思う。僕の過ごしてきた年末とはまったく違う賑やかしい年末。
今年こそ僕はきちんと革の手袋を持っていこう。
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悪意のない、夏の嵐のような残酷さのあるものがたりが書きたいと思う、嵐とはわかりあえなくても誰もそのひとを責めることはない。
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不調だ。
昨日あまりに眠れず、眠れてもすぐに起きてしまうことに苛々して、久しぶりに睡眠薬を飲んだ。前にその薬を飲んだときはいわゆる健忘を起こしてしまったので避けていたのだが、昨日はそういったこともなく無事に夜を過ごした。
子供のころから昼間の眠気と付き合ってきているけれども、決まって、生活が落ち着かないときに限って昼間の眠気がひどくなり、夜もこんこんと眠る。
さて今はどうかと言うと、昼の眠気もさして強くなく(ないわけではない)夜も眠りづらい。さして疲れている、眠い、という感じはそこまで強くないのだが、燃費が悪く安定しない。妙に食欲があるかと思うと突然なにも食べたくない日が続いたりもする。疲れる日はひどく食べたくなったりする、食べると一時的には動けるが、すぐにまた動けなくなる(彼女はこういう時の僕を「アメ車」と言って笑う)。
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ただただ祈る、それだけで何かが誰かに届くとは思わないけれど、それでもそうやって遠くから眺めることしかできないものごとというものがある。
干渉ができる(かもしれない)くせに祈るポーズを取っているだけなら、連絡のひとつもしてみろと思うのだが、そしてそうしたいとも思うのだが、最後の一歩が踏み込めない。会うことになったら、僕と彼はいったい何を話すのだろう。今更連絡をとって果たして喜んでもらえるのだろうか。そういうひとが三人ほどいる。どれも高校時代に親睦があった人物だ。
その中のひとりとは、会いたいと思えば会えるだろう。僕と彼は長い間傷を舐めあった。その事を思い出すのが、思い出させるのが恥ずかしくて、僕は彼と連絡が取れない。
もうひとりとは、二年前に会った。いきなり彼が会おうと連絡をくれて、他愛の無い話をした。彼は「ずっと君のことが気になっていた」と言った。バンドをやって歌を歌っている彼は、高校時代の僕の歌を作ったことがあったのだ、とも話してくれた。僕は高校時代の彼に関して、完璧なひとだった、としか覚えていない。僕が少しだけ好きなことがあった女の子と付き合っていたひとだとしか覚えていない。それからひどく気恥ずかしくなってしまって、僕は彼と連絡が取れない。
最後のひとりとは、まだあと数年会うことはないだろう。僕は彼を長い間ゆっくり傷付けた。彼は最後の一噛みで僕を傷付けて正気にさせた。今でも僕は時々彼の夢を見る。その夢はいつも類型の夢だ、僕が彼にゆるしてくれと請う夢だ。夢の中で彼は、僕を決して許さないと言い捨てる。夢の中で彼は、最初から嫌っていないよと笑うときもある。許されると僕はいつも「これはきっと夢だ」と感じる、そして実際にいつも夢だ。僕はいつもその夢から醒めるとき、最低の気分になる。
いつか僕は彼が書いている日記を偶然見つけたことがある。彼はその日の日記に、「あいつのことを偶然に見かけて体が震えた。これは呪いだ」と書いていた。僕はそれを読んで震えた。
僕と彼が会えば、まちがいなく僕は許しを請うだろう、そして彼は僕をゆるさずには居られないだろう――彼はきっとこう考えている。僕をゆるさなければ心の狭いやつだと思われるだろうし、彼が僕をゆるせば、僕は長年のつぐないをした人物だと感じて、最低の人間だと言い放った僕とまた付き合わなくてはいけなくなるだろう。一度下した判断をくつがえすことはきっと彼の自尊心を傷付ける。彼にいやな思いをさせたくなくて、僕は彼と連絡が取れない。
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五月に、僕は執着心があまりないという話を書いたけれども、彼女もまた独特な執着心を持っていると僕は考える。
彼女はなにかに集中すると周りがまったく見えなくなる。僕がいくらもうやめろと止めても満足するまで、それが終わるまで止めないし、どうしても対処しているトラブルが解決できないと苛立ったり罵ったりする(もちろん、かといって止めるわけではないため、そのタスクが終わるまでは苛立ちも止まないのだ)。そしてついにだめだとあきらめたあとは決してその問題には手をつけようとはしない。彼女は普段とても冷静なように見えるだけに、僕はそういう時の彼女にはひどく戸惑ってしまう。
昔、僕ときみの仕事を交換したら、きみはきっと耐えられないだろうね、と話して笑ったことがある。僕の仕事は解決に時間がかかる、そして複数のタスクを同時進行する必要がある。それぞれを適当な間隔でつまみ食いして、気がついたら全部食べ終わっていた、ぐらいでちょうどいい仕事だ。そしてまた僕は彼女の仕事には耐えられないだろう。