最近しばしば見るサイトを開こうとして、アドレスバーに「あ」と打ち込んだ。僕のブラウザはその一文字だけで、「あのみずうみを越えて」というブックマークをサジェスチョンした。このタイトルはどこかで見たことがあるけれど何だったかな、と思い当たるまでにしばらく時間が掛かった。我ながら驚きだ。

二年あまりの空白のうちに何が変わったのかももう思い出せない。彼女は転職した。僕も転職した。今の仕事は僕がかねてからやりたいと思っていた事に近付くものだ。文章を書くのは得意か、と面接で聞かれたけれど、文章を書くこと自体は僕にとってあまりに日常的過ぎて得意なのかどうかよく分からなかった。とりあえず、好きです、と言った気がする。とにかく、僕は今文章を書くことに携わる仕事をしている。子供の頃はどうしてもそれになりたいと思っていた。笑える。

しかし「文章を書く仕事」と言うのは嘘ではないけれど、子供の頃の僕に『望んでいた職業に就いているよ』と言えるかどうかは難しい。携わった事のない人が今の僕の仕事の内容を想像することはとても難しいだろう。僕の仕事は、ほとんどの人には目にされることはない。書き手がいることすら想像されないかもしれない。もしかしたら誰にも目にされずに終わるかもしれない(今担当しているものは事実そうなりそうだ)。けれども必要で、おそらくまだ当分自動化が困難で、誰かがやらなくてはいけない仕事だ。僕はそういった仕事を愛する。

これまで僕はずっと、一目見ただけで僕のものだと分かるような文章を書こうとしていた。今、僕は、油断すると文章の間に立ち現れてしまう僕を全力で殺しにかかりながら仕事をしている。僕は昔よりも自分の文章をよく読むようになった。自分の癖をひとつひとつ丁寧に殺して、普遍的で均一化された文章の中に隠れる。とてもそれは想像していたよりも面白い作業だ。僕は今望んで仕事をしている。明日から僕が書く文章も、コンビニの弁当や、甘ったるい缶コーヒーのようであれ。